JAL123便事故 関連資料・3

「隠された証言」 藤田 日出男 著(新潮社)より
第1章 墜落現場①

生存者発見


ここスゲノ沢は17年前、私が遺体の搬出作業や、機体後部の損傷状況を見ていた地点である。その当時は、残骸と多くの遺体で埋まり、沢の底は見えなかった。その中に、少し尖った岩が、頭を出していた。岩の頭には血の跡が光って見えていた。この岩の周辺部は、残骸の中に穴が掘られたような状態になっていた。ここに4名の生存者がいたのだ。

画像


私が遺体の搬出や残骸の状況を見ていると、少し後ろのほうに、二人の自衛隊員が腰を下ろして休んでいた。二人とも疲れ果て、黙ってうつむいている。
私はその近くまで行き、遺体や破片のないことを確認してから、腰を下ろした。

「ご苦労様です」
と私は声をかけた。彼らは頭を上げて軽くうなずいてくれたが、言葉はなかった。

「暑いうえに臭いは堪えますね」
と私は続けた。
「もう臭いも感じなくなりました。2日目ですから、くたくたです」

「では、野営されたのですか? 昨日来られて?」
「そうです、まだ煙が激しい頃に降りました。ヘリからリペリング(ロープを使って降下すること)で降りました」

「何時ごろですか?」
「13日の朝です。このところ災害出動が多くて疲れもあるし、気持ちもつらいです」

「それでは生存者の救出現場におられたのではないですか? 状況はどうでした?」

「はじめ、この反対側の谷のほうへ降りたんです。あっちには翼があったんですが、遺体は少なくて生存者はいないと直ぐにわかったんです。こちらに来たらものすごい遺体の数で、驚きました。
坂を降りてきたら『生存者』と言う声が聞こえたので急いで来たんですが、見たとおり遺体と残骸が多くて、ここまで降りるのが大変でした。おまけに生存者のいたとこは、あの岩の近くですが、あの付近も遺体が多く、破片も上に人が来ると足が落ち込むような状態で、大勢の人間が来ると、下にいるかも知れない生存者を押しつぶす可能性があると言うことで、消防団の人や警察の人もいたので、僕は少し離れていたのです。カメラマンもいました。彼らをあまり近づけないようにして、生存者を掘り出すようにして救出したのです。今のヘリポートまで運び上げるのは手伝いましたが、あの坂ですから大変でした。残骸を寄せ集めて作った担架で、運んだのですが、消防団の人は鉈や鋸で木を切って上手く道を作っていました」

「救出に直接立ち会われた方は、今日もおられますか?」
「どこかにいると思うのですが、昨日、野営しましたから。でもちょっと、今どこにいるのかわかりません」

「それは残念、もしいらっしやれば教えてください」
「あまりマスコミの人とは接触しないように、言われていますから……」

「すみません、私もなくなったパイロットたちの同僚でして、どうしても救出の状況を知りたいのです。マスコミではありません」

そう言うと、自衛隊員は急に安堵の表情になり、言葉遣いも友達に話すような感じに変わっていった。

遺体の脈をとる

「そうでしたか、てっきりマスコミの人だと思って。実は子供を教出したTから詳しく話を聞いています。発見したのは警察のレスキューの人か消防だと言っていました。同じ隊員のTは、3人目に教出した女の子を引っ張り出したそうです。機体の残骸の中に埋まっていたそうです。今よりももっとゴムボートや座席が、ごちゃごちゃになっていました」

「どのあたりですか?」
「そこの石のある辺りでした。あの近くに、6畳ぐらいの範囲に4人ともいました」

「助け出したとき、どんな具合だったのか、聞かれましたか?」

「波板のようなプラスティックと金属の張り合わせた板、ハニカムと言うのですか、その破片の下にいたそうで、その子をお父さんがかばうように覆いかぶさっていたそうです。女の子は意識もはっきりしていて、手がお父さんの下になっていて痛いといっていたそうです。親はとっさに子供をかばったんだろうなと話していました。この子が足を動かしていたので、生存者がいることがわかったといっていました。何か動くので近づくと、もう一人の生存者が手を振ったので、その人が先に運び出されたそうです」

「その子は怪我をしていなかった?」
「運ぶときに見たら、手を少し怪我してたかな? 足にも怪我をしていたと思うけれど、よく覚えていない。あちこちに小さな傷はあったと思うけど、はっきりとは覚えていません」

「そのほか何か話題になりませんでしたか? 気付かれたことはありませんか、何でもいいのですが?」

「そう言えば、お父さんも生きているのではないかと思って、脈を診たけどわからなかった。お父さんの血色がよかったので、別の隊員にも見てもらったんですが、亡くなっていたと言ってたことが気になったね」

「事故のときなどには死んでいるかどうか、1体ずつ、軽く体をたたいたり、声をかけられたと思うのですが、生きていると思われるような遺体はありませんでしたか?」

「そうですね、頭や顔のない、はっきりと死んでいることが判る遺体が多かったですが、中にはきれいなのもありました」

「そう言えばさっきどこにも傷のない子供の遺体が運ばれていましたね。あのようなきれいな遺体はほかにはなかったですか?」

「Tも言っていましたが生存者の周りにはきれいな、傷の少ない遺体が目に付いたと話していました。私も何体か運びましたが、特に子供にはきれいなのが多かった気がします」

「救助が早ければ、助かった人がいたとは感じませんでしたか?」

「僕は医者じやないからわからないけれど、血色の悪くない遺体があったことは確かです。僕の立場で言っていいのか判らないけれど、墜落して何時間か、1~2時間は生きていた人はいたと思う。時間はよく解らないけど、そんな気がします。手袋をしていたから暖かさはわからなかった」

こう話してくれた自衛隊員も、疲れきっていてのどが渇いていたようで、水筒の水を飲んでもらったが、これ以上は無理をいえなかった。彼は「これはのどの渇きを一時的に抑えるものです」と言って梅干の香りがする粒状の仁丹のようなものをくれた。口に入れると確かに酸味があり、粘っこくかんじていた口の中がすっきりした。

それにしても救助がもっと早ければ。事故直後には生存していたかもしれない子供のことを考えると胸が痛かった。

救助が早ければ

この自衛隊員の話に出てきたT氏が救出したのは、川上慶子さんだった。

事故から20日あまりすぎた頃、「赤旗」新聞の記者が慶子さんのインタビュー記事が載っている8月19日付の赤旗を持って取材に来た。

そこには驚くべき内容が記されていた。群馬県警が事故直後の8月15日、慶子さんに、国立高崎病院で行った事情聴取の内容だった。このとき立ち会っていた身内の人は警察官と医師から、慶子さんの話を口外しないように口止めされた。


「墜落する前にはお父さんが『慶子、頭を下にしろ』と叫んで、慶子さんと妹の咲子さん、それにお母さんの3人を、両手を広げて抱えて守ってくれました」

「落ちたとき、『お父さん、動けないよお』と言うと、お父さんは『お父さんも身動きできない』と言った。その後で『お父さん、痛い』と言ったときにはそのまま動かなくなった」

「咲子の名前を呼んだら、返事があったので『からだ動くの? バタバタしてごらん』と言うと、手足をバタバタさせた。『お母さんはどうや』というと『ここにいる』というから『さわってみ』というと、咲子は『お母さん、冷たい』といい、『姉ちゃん、苦しいよお。息が出来ないよお』というので、私は『穴を開けなさい。また、元のようにみんなで仲よくくらそう』といったけど、咲子はしばらくしてゲロゲロ吐き出して動かなくなり、お父さんも冷たくなった」


この慶子さんの言葉から、私はなんともやりきれない気持ちになった。何故もっと早く救助が出来なかったのだろうか? 何故あんなにも墜落地点の確認が遅れたのだろうか?

のちに発表された事故調査報告書の中でも最大の問題点のひとつとして指摘されるのが、「4名の生存者以外は、即死あるいはそれに近い状態であった」という部分だ。

川上慶子さんについては、このように父親と妹さんが生存していたことが確認されている。落合さんも、墜落後、周りに何人もの声や息遣いを聴いていたと述べている。それをどうして即死あるいは即死に近いと、報告書は曲げて書くのだろうか。

事実が書かれていない報告書など世界広しといえども、日本以外その例を聞かない。報告書は将来の改善のために書かれるもので、責任逃れのためのものではない。事故調査と犯罪捜査は、平行して進められてはならない。

責任追及を同時に行うと、事故にかかわった当事者は、罪に問われることを恐れ、基本的人権である黙秘権を行使するため、真実が明らかに出来ないことになり、事故調査の意味がなくなる。これは、世界の航空事故調査の常識なのだが、日本だけはこの常識が通用しないことになっている。



JAL123便事故 関連資料・3

「隠された証言」 藤田 日出男 著(新潮社)
第1章 墜落現場①

生存者発見
http://nekotomo.at.webry.info/201209/article_8.html


JAL123便事故 関連資料・4

「隠された証言」 藤田 日出男 著
第1章 墜落現場②

置いておかれた生存者
http://nekotomo.at.webry.info/201209/article_9.html


JAL123便事故 関連資料・5

「隠された証言」 藤田 日出男 著
第1章 墜落現場③

遅れた救難と素早い事情聴取
http://nekotomo.at.webry.info/201209/article_10.html


JAL123便事故 関連資料・6

「隠された証言」 藤田 日出男 著
第1章 墜落現場④
http://nekotomo.at.webry.info/201209/article_14.html


JAL123便事故 関連資料・10

「隠された証言」藤田 日出男 著
第9章 事故原因

事故原因は何か
http://nekotomo.at.webry.info/201210/article_1.html


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック