核燃料基地 六ヶ所村・2

今回の記事では、使用済み核燃料の再処理が、具体的にどのような方法で行なわれるのかを分かりやすく伝えている。しかしこの工程は、ウラン・プルトニウムが抽出された後の、高レベル放射性廃棄物を閉じ込めるガラス固体化でつまづき、現在中断されたままである。再処理事業が実施できないときは、核燃料は六ケ所村に置かないと定められた覚書があるので、この状態がつづくと、各原発から出る使用済み核燃料は、六ケ所村では受け入れられないということになるらしい。
日本全国で稼動中の原発は、現在3機だけであることを知り驚いている。
http://www.kikonet.org/research/archive/energyshift/list-of-nuclear-power-plant.pdf
4月には全原発停止の可能性もあるが、推進派の巻き返しもあり再稼動への圧力も日に日に増してきている。稼動が再開されれば、また行き場をなくした使用済み核燃料がさらに増え、各原発の保管プール内の核燃料も満杯状態からすぐに溢れ出てくるのは間違いない。これは既に核燃料サイクルのいい加減さが露呈しているのであり、さっさと手を引くべきだということだろう。



東京新聞・こちら特報部 2012.2.7

核燃料基地 六ヶ所村

核のごみ 各地から2900トン

 日本原燃(青森県六ケ所村)の使用済み核燃料再処理工場内には巨大な貯蔵プールがある。全国の原発で燃やし終えた核燃料の受け入れは、昨年八月末を最後に中断している。再処理で出る高レベル放射性廃液にガラスを混ぜて固める機械が稼働していないためだ。原発を稼働させる限り核燃料は増え続けるが、その行き場となる現場を見て、課題に迫った。

 核燃料サイクル基地の一角にある再処理工場。二階の廊下から、厚い窓越しに使用済み核燃料(以下、核燃料)貯蔵プールが見える。照明の関係でやや青みがかった水面に目を凝らすと、格子状のラックの中に整然と並べられた核燃料が肉眼で確認できた。
 プール周辺で作業するのは、高い放射線から身を守るために防護服を着た人ばかりかと思いきや、ほとんどは作業服姿。マスクもしていない。核燃料を移動させる機械の点検をする人だけが、防護服に身を包んでいた。
 通常、一メートルの幅の水があれば放射線を遮れるとされるが、プールでは核燃料の上端から水面まで八メートルもある。日本原燃の赤坂猛広報部長(五七)は「作業時に水がかかることも考えられないが、念には念を入れて防護服を着させている」と話す。

稼動せず 満杯のプール

 プールは一九九九年十二月に使用が始まった。横二十四メートル縦十一メートル深さ十二メートルの大きさで三つあり、受け入れ能力は計3千トン。各原発から運ばれてきた約二千八百六十トンの核燃料が貯蔵され、ほぼ満杯だ。
 長さ四メートル余の核燃料棒を束ねた集合体で一万千六百二十六体ある。昨年八月二十九日、高浜(福井県高浜町)、玄海(佐賀県玄海町)両原発から計二十五トンが搬入された以降は受け入れていない。
 現在、水温は三〇度に維持され、原発のプールと合わせて四年以上冷やすことで放射能は数百分の一になるという。
 東日本大震災が起きた昨年三月十一日。施設は海岸から五キロ離れた高台にあり、津波の影響はなかった。だが停電により電源を喪失し、非常用発電機に切り替えて、プールの冷却水循環ポンプを作動させて乗り切った。
 仮に長期間電源が失われたとしても、「原発と違って核燃料の温度はかなり下がっており、百日ほどたってようやく燃料の上部が水面から出る程度」(日本原燃)。

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 このプールから核燃料再処理は始まる=図参照。最初の工程は、厚いコンクリートに囲まれた部屋で核燃料棒を3~4センチの小片にせん断し、溶解槽に入れて硝酸で溶かす。「せん断は歯、溶解槽は胃袋のようなもの」と赤坂部長。
 燃料を覆う管状の金属片とかすを除去し、セシウムなどを合む核分裂生成物、ウラン、プルトニウムを分離する。核分裂生成物などは高レベル廃液となり、ガラスと混ぜたガラス固化体となるが最終試験は中断した。
 続いてウランとプルトニウムから硝酸を取り除くなどすると、粉末状のウラン酸化物製品と、プルサーマル発電で使われるウラン・プルトニウム混合酸化物製品(MOX燃料のもと)が出来上がる。中断以前の過去の試験では、ウラン酸化物製品三百五十七トンと、ウラン・プルトニウム混合酸化物製品六・七トンを製造している。

再処理中止ならどこへ

 核燃基地では、MOX燃料工場を建設中だが、大震災後中断し、春の再開を目指す。完成予定の二〇二八年三月までは、取り出したウラン・プルトニウム混合酸化物製品に使い道はない。原発で使用するには、さらに加工が必要となるためだ。
 現在、玄海原発3号機や伊方原発3号機(愛媛県伊方町)などで使っているMOX燃料は海外で作られている。
 プルサーマル発電とはプルトニウムをサーマルリアクター(軽水炉)で利用することだ。水素爆発した福島第一原発3号機でも一昨年から始まっていた。今回の事故で半減期が二万四千年のプルトニウム239などが周辺で検出されたが、赤坂部長は「一般の原発でも発電量の三分の一は燃えるウランが変化したプルトニウムによるもの。プルサーマルがとくに危険とは言えない」と語る。
 一九六六年に茨城県東海村で原発の運転が始まって以来、これまでに国内で出た核燃料の総量は二万五千トン以上。うち英国とフランスに委託して計約七千百トン、東海村の施設で約千百四十トンを再処理。六ケ所村の工場でも二〇〇六年から○九年にかけて試験的に約四百二十五トンが再処理された。各原発でも計約一万四千トンを貯蔵する。
 東海村の施設は日本原子力研究開発機構が開発し運営する。一九七七年七月に初めて核燃料が運び込まれ、八一年一月から本格稼働した。年間二百十トンの処理能力を持つものの、二〇〇七年五月以降、「耐震補強工事のため運転を休止し、再開のめどは立っていない」(広報部)状況だ。
 六ケ所村に核燃料が運ばれてくるのは月に一、二回。専用輸送船が各原発近くの港を回り、むつ小川原港に荷揚げする。英仏で再処理された後にできたガラス固化体を積んだ船も同港を利用し、ともに専用道を通って工場内に運び込まれる。
 また、国内の原発が通常稼働した場合、一年間に出る核燃料は九百~千トン。一方、六ケ所村の再処理工場の処理能力は、本格稼働したとしても八百トンで、ガラス固化体で千本分。同工場に入りきらない多くの分は、各原発のプールに留め置かれることになる。

覚書には「村外」明記

 こうした中で福島の原発事故は起きた。原発政策とともに核燃料サイクル事業も議論されるが、仮に大幅な見直しとなったときに核燃料をどうするのかという問題が浮上する。九八年、青森県と六ケ所村、日本原燃が電気事業連合会(電事連)立ち会いのもとに交わした覚書では、再処理事業が実施できないときは、核燃料は同村から運び出すと定められている。
 同県原子力立地対策課では「村内に置いておくことは許されない。核燃料が最初に運び込まれる前の段階から決まっていたこと」と主張する。
 ただ、どの原発もプールにそれほど余裕はない。おおむね四年で交換する核燃料は増え続け、電事連の調べでは、貯蔵能力に対する使用率は半数以上の原発が60%超。三年程度でいっぱいになる原発も少なくない。
 赤坂部長は「覚書で六ケ所に残すことはできないし、各原発に戻すことも簡単ではないだろう。再処理をしないと、半減期が長いプルトニウムを取り出さないまま最終処分することになる。核燃料サイクルを見直すというのなら、そういったことまで踏まえて議論をしてほしい」と話した。

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窓越しに見る使用済み核燃料貯蔵プール。再処理工場は稼働せず、ほぼ満杯状態だ

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再処理工場の中央制御室。施設の工程で六つのグループに分かれ、
24時間態勢で遠隔操作などの作業を行う=いずれも青森県六ケ所村で


デスクメモ
 再処理工場から約五キロの太平洋に面したむつ小川原港。巨大なクレーン施股がひときわ目を引く。核のごみな
どが専用船で搬入されるたびに反対顔と機動隊がにらみ合った。その攻防も二〇〇一年、一般人が入れない高架
の専用道が完成して終わった。非暴力直接行動は今、霞が関を舞台に続いている。

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