「真珠湾の真実 ルーズベルト欺瞞の日々」の欺瞞

ロバート・B.スティネット著
「真珠湾の真実 ルーズベルト欺瞞の日々」について


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【書評】かき集めた資料の膨大さには舌を巻く。但しこの本はこれらの資料を元に、ルーズベルトたちの欺瞞を暴いて糾弾を試みている訳ではない。彼らはアメリカの参戦への道筋を周到に画策し、“真珠湾”を利用してアメリカ国民を戦争へ駆り立てた。これらの事実を、資料を裏づけに白日の下に晒すことはできた。しかし、著者の考えの基本は、アメリカ人的思考の域を出てはいない。すなわち、その後のアメリカの参戦がなければ、ヨーロッパ諸国をはじめ世界の国々はファシストたちに屈服し、民主主義は死滅していただろう、という考えが著者の根底にある。

この本によって導かれた結論は、「日本の真珠湾攻撃を契機として、参戦に反対していたアメリカ国民の民意を、逆に戦争へ参入すべしの方向へと誘導させられることになった。そして、アメリカが戦争に加わったことにより、横暴なファシズムの脅威から民主主義を救うことができた。この意味でルーズベルトたちのとった行為は正しかったのだ。」となる。広島、長崎への原爆の投下に見る、手前勝手なアメリカ的正当論に通じるところがある。

しかし、真珠湾攻撃の本質はこうである。
大不況下のアメリカ大統領に就任したルーズベルトは、三選されても復興しないアメリカ経済の窮状に苦慮していた。また、早くから大戦の勃発(ぼっぱつ)を予期していたルーズベルトは、昭和14年には米英連合の対独参戦を決断していたが、米国民の反戦意志に行き詰まっていた。そこで米国の戦争準備『勝利の計画』と英国・中国への軍事援助を粛々と推進していたルーズベルトに残された道は、資源に乏しい日本を、禁輸で追い詰めて開戦を強要することであった。そして、対日参戦によってアメリカ経済は完全に復興した。
これが全く正しい見解といえるだろう。

【関連記事】
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/33072168.html
http://www.geocities.co.jp/SiliconValley-Oakland/1386/mvr205.htm

また、この本には、当時のアメリカ、ヨーロッパ、アジア各国の政治家や軍部の中枢を操り、裏で暗躍していた国際的金融資本家たちの記述が一行たりともなく、その存在に全く触れていない。真実を求めるジャーナリストの態度としては、全く持って片手落ちと言えるし、意図的に隠されているようにも見える。この本は欺瞞を暴くように見せかけておいて、何やら欺瞞に満ちた書になっているように感じられる。

【著者】ロバート・B.スティネット
1924年オークランド生まれ。海軍、オークランド・トリビューン紙の写真部員兼記者を務めたのち86年退社。BBC、NHK、テレビ朝日の太平洋戦争関係顧問。



<序文一部転載>

本書の内容は、1941年12月7日の日本の真珠湾攻撃に至るまでの諸事件や、政策決定について、従来書かれてきたことと多くの点で相反し、かつそれらに異議を呈するものである。私がここで意図したのは、真珠湾海軍基地と陸軍施設への破壊的攻撃を導いた真相を語るとともに、この事件がルーズベルト及び側近の軍事・政策幕僚を何ら驚かすものではなかったことを実証することにあった。

これは、アメリカが、当時自由世界を脅かしていた勢力との血みどろの戦いにいかにして突入したかについての、ありのままの記録である。アメリカ参戦の是非を問うものではない。

太平洋戦争従軍の旧軍人として、私はアメリカ人から50年以上も隠されてきた事実を掘り起こすに従い、憤りを禁じ得なかったが、一方、ルーズベルトの直面した恐るべきヂレンマもまた理解し得た。彼はアメリカの孤立主義者を、自由擁護の戦いに引き込むための迂回路を求めなければならなかったのだ。このためには人命の犠牲が要る、とも知っていた。何人(なんにん)の命か知る由もなかったが。

【注】真珠湾攻撃による被害(本書の記録から)
     陸海軍合計 戦死 2,273  一般市民 203  合計 2,476 名
     艦船全損   Utah,Oklahoma,Arizona,Cassin,Downes
     航空機    陸軍機 96 地上破壊 92

第一次大戦でアメリカが掲げた「デモクラシーを守る世界」への理想主義が破綻したのに幻滅し、多くの人々は息子たちを再度の戦争恐怖から守るために「孤立主義」に赴き、大統領がアメリカ青年を国外の戦争に送ることはない、と考えていた。

一方、ルーズベルトは、アメリカ人が戦争に対して一致団結するのは、アメリカが公然たる戦争行為を受けたときしかない、と堅く信じていた。彼が幕僚と共に決定したのは、数次の行動によって日本を挑発し、誰の目にも明らかな戦争 ― 真珠湾攻撃を起こさせることであったのだ。

17年の間、古文書を調べ、海軍の暗号解読者と面談するうちに、私はルーズベルトがヂレンマの解決を策する事例を数かぎりなく発見した。これら文書は、「情報公開法」(Freedaom of Information Act)により入手し得たもので、アメリカを参戦に踏み切らせ、また真珠湾 およびその他太平洋基地に惨禍をもたらした戦争行為を引きだすために計画実行された綿密な手段の輪郭はこれらによって明らかである。

日本を挑発する手段として八段階が起案され、ルーズベルトは点検後これを実行に移した。第八段階の挑発に至って日本は反応し、1941年11月27/8日、軍司令官たちは次の指令を受けた。いわく「日本から先に戦争行為を起こさせよ」。スチムソン長官によれば、この指令は大統領から直接出されたものとのことである。

【注】8段階とは、海軍情報部マッカラム極東課長起案(1940年10月7日)の8項目
     A.英国と極東海軍基地使用協定を結ぶ。
     B.オランダと蘭印基地使用及び物資供給協定を結ぶ。
     C.蒋介石にあらゆる援助を与える。
     D.重巡艦隊を東洋に派遣。
     E.潜水艦二船隊を東洋に派遣。
     F.太平洋主力艦隊を東洋に派遣。
     G.オランダに日本への経済協力(特に石油)を拒否させる。
     H.日米通商全面断絶、英国もこれに同調。

1941年12月7日の攻撃をアメリカが予知していたか、については従来議論があった。日本の外交電信 ― 戦争行為についての ― が傍受されていたことは早くから知られていた。私が発見したのは、しかし、アメリカはもっと多くを知っていた、ということだ。戦争を挑発するばかりか、アメリカは軍関係の電信をも傍受解読していたのだ。我々は攻撃を事前に知っていたのである。

日本に攻撃させることによって、ルーズベルトは、太平洋艦隊および諸島の民間人がまったく無防備で危険に曝されることになる、との恐ろしい事実を十分認識していた。ハワイのキンメル提督、ショート将軍は、警戒措置の基となるべき情報を与えられず、ただ「日本から先に戦争行為を起こさせよ」との指令に従う結果になったのだ。

以上が、20万回を超す文書閲覧、インタビューによって私の得た結論であり、本書の著作が可能となったのは、「情報開示法」と、その法案作成者モス議員のお陰である。
ルーズベルトの決断は確かに甚だしい痛みを伴うものではあったが、自由を脅かす枢軸国に対し連合国側が究極の勝利をおさめるために戦術的に計算されたものであって、挑発行動を計画した人々は、リスクを知りながらこれらをしっかりと実行した。

私は、真珠湾事件に先立つ年月のルーズベルトの胸中を理解するより、半世紀前のこの政策に対して批判的態度をとる方が易しい、ということはよく解っている。しかし、歴史は疑問を投げかけ、また判断を下すものだ。歴史家は彼が知り得るかぎりの事実、また可能なかぎり文書で証明された人間の行動、考えと取り組まなければならないのである。
私が本書によって調査結果を提供するのはこの趣旨からである。


真珠湾の真実 ― ルーズベルト欺瞞の日々
文藝春秋
ロバート・B・スティネット


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