藤圭子の死を悼む・2

閉塞感漂う時代状況が、藤圭子をスターの座に押し上げた。しかし、藤圭子は薄幸、暗さ、怨念といった自身について回るイメージに次第に戸惑いを覚え始める。歌手・前川清との結婚、離婚を経て七九年に突然引退。二年後に復帰した際に、インタビューで「ものを書く人は定義づけがほしいんですね。たしかに私は旅芸人の子。でも、旅芸人の子はほかにもたくさんいて、明るい人もいるはず。そこにいるからそうだというのは違います」と心境を明かした。


【情報元 東京新聞 2013.8.23】


藤圭子さん死去
<評伝>

ドス利いた声、心つかむ

『十五、十六、十七と、私の人生暗かった…』藤圭子さんを一躍、時代の寵児(ちょうじ)にした「圭子の夢は夜ひらく」が発売されたのは一九七〇年。不幸な人生に怨(うら)みをぶつけるかのようなドスの利いた歌声は、安保闘争で挫折した若者たちの心をわしづかみにした。前年のデビュー曲「新宿の女」の一節、『バカだな、バカだな、だまされちやって…』も全共闘世代の共感を呼んだ。

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藤圭子さんの代表曲「圭子の夢は夜開く」のジャケット

絞り出すような「怨歌」

藤さんの歌を″怨歌(えんか)と呼んだ作家・五木寛之さんはエッセーで、「歌い手には一生に何度か、ごく一時期だけ歌の背後から血がしたたり落ちるような迫力が感じられることがあるものだ」と記している。ファーストアルバム「新宿の女」は二十週連続でヒットチャートの一位を記録。セカンドアルバム「女のブルース」を含め三十七週連続一位という前人未到の大記録を打ち立てた。

両親は流し、旅回りの浪曲師だった。スター歌手目指して目の不自由な母親と二人で北海道から上京。浅草で流しをしていた際に、作詞家・石坂まさをさん(今年三月死去)の目に留まった。幼くして父を失い、母と二人で極貧生活を送った石坂さんは、つぶらな瞳の少女の姿に自らの境遇を重ね合わせた。「藤圭子」と命名、「新宿の女」を作詞作曲してデビューさせた。

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打ち合わせをする作詞家・石坂まさをさん(右)と藤圭子さん=東京・赤坂ミュージック・スタジオで(1971年撮影とみられる)

閉塞(へいそく)感漂う時代状況が、藤さんをスターの座に押し上げた。しかし、藤さんは薄幸、暗さ、怨念といった自身について回るイメージに次第に戸惑いを覚え始める。歌手・前川清さんとの結婚、離婚を経て七九年に突然引退。二年後に復帰した際に、インタビューで「ものを書く人は定義づけがほしいんですね。たしかに私は旅芸人の子。でも、旅芸人の子はほかにもたくさんいて、明るい人もいるはず。そこにいるからそうだというのは違います」と心境を明かした。

その後の藤さんは、栄光の過去を断ち切るかのように、怨歌のイメージとはかけ離れた活動を続けた。二十三日には″生みの親〃石坂さんを「しのぶ会」が東京都内で開かれる。その前日の悲報だった。

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10年ぶりに本格始動した時の藤圭子さん=1996年、東京都内で

近況知る人少なく

藤圭子さん死去という突然の悲報は、芸能界に大きな衝撃を与えた。近ごろでは歌手の「宇多田ヒカルの母親」として消息が伝えられることもあったが、芸能界との関わりを絶っていたとみられ、近況ははっきりしない。

「デビューした頃に歌を聴きましたが、藤さんの実像と虚像とが、見事に組み合わさっている印象でした」と語るのは、音楽評論家の反畑誠一さん。

ハスキーな歌声には情念に満ちたすごみが漂っていたが、「ステージを下りれば明るくおちやめな人だったと思う。人間の陰の部分を歌っている時の姿とのギャップに驚いたものです」と話す。

ヒット曲を連発した頃に所属事務所のスタッフを務めていた川岸咨鴻さん(現浅井企画専務)は「浪曲師の家庭で苦労して育った境遇が、歌ににじみ出ていたのでしょう」と話す。

無邪気な性格で、近しい人とはマージャンを楽しむなど「豪快な一面があった」が、歌うといつも、深い情念を感じたという。

「いまの時代、彼女のように苦労して育った歌手は出てこないだろう」と川岸さん。

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一九七一年に藤さんと結婚し、翌年離婚した歌手の前川清は「突然のことで、言葉になりません」とコメントを出した。

藤さんは八二年、音楽プロデューサーの宇多田照実さんと再婚。娘のヒカルが九八年にデビューし、ヒット曲を連発したが、それ以降の藤さんがどうしていたか、はっきりしない。芸能関係者は「近況はまったく知らない」と□をそろえる。

二〇〇六年には米ニューヨークの空港で大金を没収されたり、宇多田さんと結婚と離婚を繰り返すなどナゾも多かった。三月に死去した石坂まさをさんの葬儀にも姿を見せなかったという。

藤さんは東京・西新宿の高層マンションから飛び降り自殺したとみられている。川岸さんは「彼女がデビューした当時、所属事務所は西新宿にあった。何か因縁めいていますが…」と侮やんだ。


「聞いて下さい私の人生」 藤 圭子


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藤圭子の死を悼む・1
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この記事へのコメント

rei
2014年07月15日 22:46
藤圭子さんへの深い思慕が伝わるすごく良い文章に感動しました。

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