JAL123便事故 関連資料・12

「天空の星たちへ」 青山 透子 著(マガジンランド)
第三部 乱気流の航空業界 未来はどこへ 229
第三章 上野村へ 349
*御巣鷹の尾根が語りかけること

/あの日を語る②


画像


<387>
 そんな筋の通った生き方をなさってきた黒澤元村長が、突然声を荒げたのは私が事故当初の上毛新聞をお見せして、その下に『中曽根さんの一日』の記事をちらっと見た時であった。

 「墜落現場が分からない、こういう問題に対して日本政府は何も準備していなかった。大体このような大事故が起きた時は、誰が事故収拾の最高責任者かというと、もちろん総理大臣がトップだ。空から山が燃えているのが見える。そんな状況なら昔の海軍のやり方では、燃えている上空でヘリなり飛行機なりに、何ヘルツの電波を出せと言って出させる、それを東京から測る、前橋から測る、それで二つがぶつかったところの下が地図で燃えているところだ、そういうことを誰かやる者がなかったのか、つくづく感じますよ。今の日本には不測の事態に対応するシステムが欠落している。

 あの後、あれよりも小さいが、イギリスで似たような航空機墜落の事故が起きてね。その時、何人か死んだが、そうしたらサッチャー氏はたちまち、現場に首相として飛んで行ったわけですよ。皆の労をねぎらい、きちんと指示するところを指示した。ところが当時の日本の総理大臣は軽井沢でゴルフをやっている。運輸大臣も何も言わない。

 最高責任者として厳粛に礼を尽くすべきだと、可能な限りの行動をすべきだと、自らが先頭に立って早く助けろ! ああやれ! こうやれ! って自分からの指示があるべきでしょ。当然だろう。彼だって一応軍人だった時代があるんだから……こんな近いところにいて、こんなことをやっていて、失礼千万ですよ!」
 きりっとした表情で、バッサリと語った。

 黒澤元村長は海軍兵学校六三期の零戦パイロットで海軍少佐であり、中曽根氏は黒澤氏より五歳年下の、海軍主計少佐(終戦時)であったこともあり、主計と戦闘機乗りのことを思い出したのか、当時の首相と墜落地点の一村長というよりも、同じ海軍の軍人だった者として、その気概がどこにあったのか、と思われたのだろう。
 今でもイギリスの事故でのサッチャー首相の行動を覚えておられて、比較するところを見ると、相当な思いであったと感じる。

 「ご自身の本の中でも、墜落現場を発見しよう、そこが墜落場所だと特定する公的意思が働いていなかったと書かれていますが、何か恣意的なものを感じたということでしょうか」
 そう質問をすると、突然、ご自身の本で『事故からの教訓』という部分を読み始めた。
 そこで強調されたことは、大きな反省として、その対策の最高責任者はそれを自覚するならば、当然のことながらあらゆる手段と情報を的確に集めるべきだ。また当時、その方法と技術を持ちながら、十時間もの間、墜落地を特定出来なかったとすると、そこには公的な責任感による位置を追求しようとする動きがまったくなかったからだと言わざるを得ない、ということであった。

 公的な責任感で墜落地点を追求しようとする動きがなかった――。
 公的意思が働いていなかった――。
 これが一番の原因である、と断言する。

 墜落現場発見について、何かしらの恣意的な意図を感じたということだろう。これは長年村の行政の長として、公的立場にいた人の発言として重要なことである。そして上に立つ者はどうあるべきか、常に村民側の立場に立って仕事をしてきた黒澤氏の言葉として重いものがある。
 そして遺体となってしまった乗客の方々、ご遺族の方々への深い思いやりを感じる。

 そのことについて質問をするとまた、突然ご白身の本を読み始めた。
 それは慰霊祭でのご白身の挨拶文であった。

 「……顧みて事故の日を想えば、故障発生直後、諸霊が思い悩まれた機内の様子が偲ばれ、墜落後の御巣鷹の尾根の惨状が目に浮かび、最愛の人を失って悲嘆にくれるご遺族の姿に悲涙が流れます……五百二十もの命が断ち難い恩愛の契を事故ゆえに無残に断ち切られた心中を察しては、誰か血涙を禁じえましょうや。
 上野村の天地はこの情に沈んで、人も山も川も過去一年を喪に服す心でひたすら諸霊を祭り慰める道を考究して、霊園を建設して参りました。―略―事故は力の限りを尽くして防がなければなりません。この反省、この決意と実行こそ諸霊に捧げる最高の供物と信じます」

 朗々としっかりとした声で、元村長としてのあの日を思い出しながら読まれた。

 現場での総合の指揮系統が定まらずにいたことについては、あの事故における対処の中核は警察であったが、県警本部長は警察関係者以外には命令して協力させることが出来ずに、大変気の毒に感じた。特に群馬は空港もなければ空路もなく、こうした事故はまったくの想定外であり、自前のヘリひとつ持っていなかったそうだ。

 ヘリコプターの使える自衛隊は山の現場への隊員輸送はヘリで行っていたが、群馬の警察、消防、村は道なき道を歩いて山を登り、夜には疲れ切った体で、懐中電灯を頼りに急な沢を下りてくるのだから、ヘリのなかった県警の河村本部長は、本当に大変だったろうなあ、と今でも思っているとのことである。
 行政の縦割りや独立した法人などいろいろあるが、災害対策の現場における指揮を統一し、その対策を迅速に実行するために不可欠だと、今後の対策を強く要望した。

 そして、
 「日本は指示命令系統が、平素からきちっとしていない。今だってね、民主党に変わったけどね、たとえば、知事や村長は八場ダムを四十年も作れ、作れと言って、それで国と約束したけど、それをこうやってねえ。国民を平気でそっちのけして、自分たちだけ選挙に勝てばいいんだと」
 そういう政治屋はいらない、政治家がほしい、国民の立場を常に考えて政治を行ってほしいという切なる思いが感じられた。

 国家を語るうえでは、国民の一人ひとりを思い浮かべながら語るべきである。本物の政治家とは、その決断や判断の根底に人間愛がある。政治屋と呼ばれる偽者は、私利私欲や保身が入り込んだ自己の利益を追求するような判断をするのだ。
 大國氏と消防団員だった黒澤武士氏は、しきりにうなずきながら話を聞いている。地元民として、誰もがそう思っていたからであろう。
 二時間以上の長いインタビューにお疲れになったことと思うが、まったくそれを見せずしっかりと話をしていただいた。

 黒澤丈夫元村長も九十六歳、中曽根康弘元首相も九十一歳、お二人ともまだお元気でいるうちに、もし、あの日の真意を中曽根氏が胸襟を開いて話すことが出来たならば、二十一世紀にふさわしい政治の夜明けを迎えるのではないかと、そんな妄想にかられた。

 明日はいよいよ“御巣鷹の尾根”に行く。実は御巣鷹山というのは墜落現場より近い別の山であり、本当の墜落現場は名もない尾根であったそうだ。この先、公文書に書くのに困るということで、村長として墜落現場を“御巣鷹の尾根”と命名したのである。



JAL123便事故 関連資料・11

「天空の星たちへ」 青山 透子 著(マガジンランド)
第三部 乱気流の航空業界 未来はどこへ
第三章 上野村へ
*御巣鷹の尾根が語りかけること

/あの日を語る① p380~
http://nekotomo.at.webry.info/201210/article_3.html


JAL123便事故 関連資料・12

「天空の星たちへ」 青山 透子 著
第三部 乱気流の航空業界 未来はどこへ
第三章 上野村へ
*御巣鷹の尾根が語りかけること

/あの日を語る② p387~
http://nekotomo.at.webry.info/201210/article_5.html


JAL123便事故 関連資料・13

「天空の星たちへ」 青山 透子 著
第三部 乱気流の航空業界 未来はどこへ
第三章 上野村へ
*御巣鷹の尾根が語りかけること

/先輩の墓標 p398~
http://nekotomo.at.webry.info/201210/article_6.html


JAL123便事故 関連資料・14

「天空の星たちへ」 青山 透子 著
あとがき 未来への提言 p428~p431

/JAL倒産
http://nekotomo.at.webry.info/201210/article_7.html 


この記事へのコメント

この記事へのトラックバック