「新帝国循環」が支えるアメリカの日本買い

今の日本の政治・経済の状況を正確に把握するために、吉川元忠氏と関岡英之氏との共著である『国富消尽 ― 対米隷従の果てに ― 』 (PHP研究所)を復習のつもりで読んだ。吉川氏・関岡氏による対談形式になっており、2006年1月発行だが、折りしも、当時の小泉首相が仕掛けた郵政選挙で自民党が圧勝し、郵政が民営化されて米国による郵政マネー収奪が、いよいよ現実のものになり始めたという時期である。

この本から、ドルの垂れ流しによる無駄遣いと借金で、債権国から債務国へ急激に転落してしまった米国が、世界最大の債権国になった日本から富を搾り取って如何に自国に移すかという計略を、どう構築していったかが手に取るようにわかる。さらに、借金踏み倒しのプラザ合意を経て、仕組まれた日本のバブルとその崩壊があり、そして郵政民営化に至るまでに、米国が執拗に突きつけてきた「年次改革要望書」の存在。日本の政界・官僚機構・経済界・マスコミ等へ手先(エイジェント)を送り込み、周到に時をかけて準備し都合の良いように法律を変えさせ、収奪の方法を二重三重に仕掛ける米国の金融悪徳資本家(KAS:カス)たちのしたたかさに、今さらながら驚愕するとともに心底怒りを覚える。
【関連ブログ】
◇“自分のカネで自分が買われる”という奇病に罹った悲惨な日本
http://blogs.yahoo.co.jp/hisa_yamamot/12450525.html

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この本の中で、吉川氏が日本からの富の収奪を「新帝国循環」と称して記述している。その重要な箇所を下記に転載する。



『国富消尽 ― 対米隷従の果てに ― 』  
吉川元忠・関岡英之 著  PHP研究所

「新帝国循環」が支えるアメリカの日本買い  吉川

 メディアでは(2005年、ライブドアのニッポン放送株大量取得事件を)フジテレビとライブドアという企業間の問題に倭小化した報道が多々見られましたが、たしかにこれはそのように単純な問題ではないですね。そこには非常に大きな問題がいろいろと潜んでいますが、私はまず日本の証券市場の問題がひとつあると思うのです。
 私が以前に『マネー敗戦』(文春新書)という本で分析したこととも関係しますが、この事件の背景にはマネーの流れのおかしさがあります。リーマン・ブラザーズに、なぜあれほどの金があるのか。
 現在、上場株式の約4分の1を外資が持っています。このなかには、もちろんハゲタカだけではなくて、長期保有のスタンスの善良なる機関投資家――もちろんそれは儲けるためですが――もあるとは思いますが、ハゲタカ、あるいは再生ファンドといったものを含めて、約4分の1以上の株式が外資に買われている。一部の優良企業では、外国人持ち株比率がもう5割以上になっています。
 なぜ、そのような現象が起こっているのか。端的にいうと、日銀が刷ったマネーが回り回ってアメリカのウォール街を潤し、その一部が日本に戻ってきて日本を買いまくるという、私が「新帝国循環」と呼んでいる構図がそこにあるわけです。

 ここで、この言葉について簡単に解説しておきましょう。本来の「帝国循環」の典型は、19世紀後半から第一次世界大戦前までのイギリスの「ビクトリア循環」です。当時のイギリスは貿易と海外投資を通じて基軸通貨のポンドを国際的に散布し回収するという資本循環の中心に位置しつつ、後発国の資金需要をまかない、世界最大の債権国となって、覇権国として世界に君臨したのです。
 第二次世界大戦後、新たにマネー循環の中心軸に位置したのはアメリカでした。しかし、債権大国としてのアメリカの覇権は長くは続かず、1980年代になると資本の流れは捻れたものとなります。レーガン政権下、アメリカの経常収支の赤字は拡大を続け、これを埋めるために海外からの投資がさかんに行なわれるようになります。84年には対外純資産の「貯金」を使い果たし、以後、経常赤字を埋めるための資金の流人は純債務として積み上げられていき、アメリカはたちまち世界最大の債務国となってしまったのです。そして、アメリカに大量の資金を流人させる中心的役割を担ったのが巨額の貿易黒字を抱える日本であり、日本は世界最大の債権大国となりました。アメリカは経常赤字を上回る資金を日本などから流入させ、その余剰分を海外に還流させるという奇妙な「帝国循環」が登場したわけです。

 ここで注目すべきは、それまでの中心的債権国は、イギリスもアメリカも自国通貨建てで資本輸出を行なっていましたが、日本のみは円建てではなくドル建て、すなわち債務国領の通貨建てで資本輸出を行なっているという異常さです。実はここに、世界最大の債権国が経済危機に陥り、その債権国に膨大な債務を負う世界最大の債務国が長期にわたる好景気を体験するという1990年代後半以降の異常現象の原因があったわけですが、日本はその危険性に眼を閉ざし、ドルの世界を所与の条件として受け入れてしまったのです。その危険性とは、ドルという通貨が事実上の基軸通貨でありながら、アメリカ一国の意向によってその価値を欲しいままに変動させうるという国際通貨システムの根本に横たわる矛盾でした。

 1980年代前半には、レーガン政権は「強いアメリカ」の象徴として「強いドル」を容認していたためこの矛盾が表面化することもなく、日米は対ソ冷戦を戦うパートナーであるという「共同幻想」のもと、奇妙な相互依存関係が成立していましたが、80年代後半以降、アメリカに流入した膨大な日本のドル資産はドル安・円高の波にさらされつづけることになります。
 ところが、プラザ合意後の急激な円高で巨大な為替差損が発生したにもかかわらず、日本からアメリカヘの資本流人は止まりませんでした。大蔵省(当時)は対米協調によりドルを支えつづける以外に、独自のマネー戦略を持っていなかったからです。大蔵省は生保などの機関投資家に米国債購入を働きかけ、機関投資家にとっては折からのバブルによる含み益が為替差損に対する心理的バッフア(緩衝装置)となっていたのです。

 しかし、1990年代になると状況は一変します。米ソ冷戦の終焉と日本のバブル崩壊です。ソ連という共通の敵が消えると一転、「戦友」たったはずの日本はアメリカにとっての「経済的脅威」と認識されるようになります。93年に登場したクリントン政権は円高攻勢をかけ、95年4月には1ドル=80円を割り込むまでになりました。円高による対米資産の大幅な減価に加え、円高によって生じた生産コストの歴然たる格差が製造業を直撃し、日本経済は甚大なダメージを受けました。また、バブル崩壊によって機関投資家は対米投資のリスク負担の拠り所を失い、90年代前半に日本からアメリカヘの資金環流は細っていきました。

 ところが、1995年に日米間のマネー関係は急転し、ジャパン・マネーの対米流入は再び増勢に転じます。その背景のひとつとして、同年1月に米財務長官が通商強硬派のベンツェンからウォール街(ゴールドマン・サックス証券)出身で金融・市場重視派のルービンに代わったことに象徴されるアメリカ側の政策転換が挙げられます。ルービン長官は株高を誘導するためにドル高政策に転じ、1ドル=80円割れをピークに、以後、相対的ドル高基調が続くことになります。さらに90年代後半の日本の異常なまでの超低金利政策が国内資金の対外流出を加速させます。再びアメリカは巨額のジャパン・マネーを引き寄せ、経常赤字を埋めた余剰資金で積極的に海外投資を行なう「新帝国循環」の時代を迎えたわけです。

 こうして日本はアメリカの資金循環の回路に組み入れられ、ジャパン・マネーが巡りめぐって日本が買い叩かれているというのが、20世紀末から現在に至る構図なのです。



国富消尽―対米隷従の果てに
PHP研究所
吉川 元忠


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