悲しいかな、日本の司法は奥深くまで腐敗している

今日の東京地裁で、小沢氏秘書3人には不当な判決が出るだろうことは予測していた。そもそも陸山会事件は、政界に於ける小沢氏の力を削いで、縛り付けて動けないようにしておくのを目的とした、検察捏造による冤罪事件である。
悲しいかな、日本の司法の中立性は、全くと言っていいほど保たれていないのが実状である。司法組織内部の奥深くまで腐敗しているので、国民目線に立脚した適確・適正な判断などできる訳がない状況にある。

今、小沢氏が政治の前面に出てきては困る連中は、米国系の強欲戦争覇権主義者たちだ。そして、彼らが支配する金融・経済・石油・軍事(安保・普天間移設)などの様々な利権のおこぼれに預かろうとする日本の悪徳政治家・官僚・企業群・メディアは、小沢氏が首相などになって政治の中枢で剛腕を振るわれてはたまらない、と考えている。彼らは、小沢氏を自分たちの既得権益を犯す人間と見なしているので、絶対に押さえつけておきたい存在なのだ。



東京新聞 2011年9月26日 14時26分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2011092690142610.html

陸山会事件 元秘書3人に有罪

画像
判決公判のため東京地裁に入る石川知裕被告(手前)ら
=26日午後1時2分、東京・霞が関で


 小沢一郎民主党元代表(69)の資金管理団体「陸山会」の土地取引にからみ、政治資金規正法違反(虚偽記入)罪に問われた衆院議員石川知裕被告(38)ら元秘書三人の判決公判で、東京地裁(登石郁朗裁判長)は二十六日、石川被告に禁錮二年、執行猶予三年(求刑禁錮二年)、後任の事務担当だった池田光智被告(34)に禁錮一年、執行猶予三年(同一年)を言い渡した。西松建設からの違法献金事件でも同罪で起訴されていた元会計責任者の大久保隆規被告(50)は、両事件とも有罪で禁錮三年、執行猶予五年(同三年六月)。

 陸山会事件で弁護側は、収支報告書の記載内容は虚偽記入に当たらないと主張したが、判決は虚偽記入があったと判断。石川、池田両被告と大久保被告の共謀も、ほとんど認定した。中堅ゼネコン「水谷建設」(三重県桑名市)からの裏献金一億円の有無も争点だった。

 検察側は論告で、陸山会が二〇〇四年十月に購入した土地の代金の原資となった小沢元代表からの借入金四億円は「公にできない金だった」と指摘。虚偽記入の動機について「マスコミから原資を追及されたり、水谷建設からの裏献金が明るみにでるのを避けようとした」と主張した。

 弁護側は虚偽記入の成立を否定。大久保被告については「収支報告書作成には一切関与していない」として三被告とも無罪を主張。水谷建設からの裏献金も「検察側の思い込みと想像にすぎない」と全面否定していた。

 判決は西松事件では、大久保被告は西松建設からの企業献金を同社関連のダミーの政治団体からの献金と偽って収支報告書に記載したと認定。「献金主体は西松建設で、政治団体は隠れみのにすぎない」とした。弁護側は「西松建設からの献金という認識はなかった」と反論していた。

 事件をめぐっては、東京地検特捜部が不起訴とした小沢元代表が検察審査会の起訴議決を受けて、強制起訴されている。初公判は十月六日。




植草一秀『知られざる真実』ブログより
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/
関連記事を一部抜粋して転載させていただいた。

「西松・陸山会事件被告は判決と関わりなく完全無実」
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-4e0d.html

 裁判所が示す判決について、あれこれ論評が示されることになるが、日本の警察・検察・裁判所の現状を踏まえる限り、このような政治的背景を強く有する事案についての評価は、裁判所の判断と離れて行う必要がある。
 
 つまり、日本の警察・検察・裁判所は信頼するに値しないという事実を、すべての市民が認識する必要があるのだ。

 裁判所が適正な判断を示す場合は良いが、裁判所が適正な判断を示すかどうかは、ひとえに、裁判官の属性に委ねられている。
 
 日本国憲法第76条には、
「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」
との条文があるが、問題はこの条文が実現するための制度が確立されていない点にある。
 
 現実はむしろ逆である。裁判官の任用および10年ごとの再任用、昇進、昇格、勤務地、その他処遇のすべてを、「最高裁事務総局」が握っているのだ。通常の裁判官は、この最高裁事務総局に逆らえない。だから、歪んだ判決が示されることになる。
 
 問題は、この最高裁事務総局にある。最高裁事務総局が裁判官の独立性を担保するために、他の権力機関、すなわち、行政府や立法府からの不当な圧力を遮断し、文字通り、個々の裁判官が良心に従って職権を行い、憲法及び法律にのみ拘束されるための防御壁として機能するなら、憲法第76条の規定の精神が生かされることになる。
 
 ところが、現実には最高裁事務総局は、逆に裁判官の独立性を歪める働きをしているのだ。ここに最大の問題がある。

 この問題を抉り出した名著が、前千葉大学法経学部教授新藤宗幸氏による『司法官僚』〈岩波新書〉である。

司法官僚―裁判所の権力者たち (岩波新書)
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新藤 宗幸


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 新藤氏は最高裁事務総局が法務官僚と一体化している現実、および、最高裁事務総局が判例を誘導するための研修会を開催してきた事実などを鋭く指摘する。
 
 一言で表現するなら、最高裁事務総局は司法の独立性を重んじるのではなく、時の権力の側を常に見る側面を強く有しているのであり、この点に最大の問題がある。つまり、政治的背景を背負う問題については、裁判所の示す判断に政治的影響が色濃く反映されることになるのだ。

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